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魔法使いハウルと火の悪魔 1/2

「ハウルの動く城」の感想を書くにあたって、実際の原作と違うことを書いていては問題かもしれないし、興味も湧いてきたので原作を近所の図書館から借りて読んでみた。とは言っても、最後まで読んでいない。途中を少し過ぎたところまで。
私は一度読んだ本は2度と読もうとしない。だって、オチの分かっているものを読んだってちっとも面白くない。だから今回も半ば義務のようにして読んだ。

やはり小学高学年以上を対象とした作品だからか、文体は作文のようになっており毎度毎度「〜でした。〜です。」と区切られテンポ良く読めなかった。それに、私は大人(笑)なのだから、もう少し難しい表現でも使ってもらえれば妙な満足感も得られるのにとつまらないことを考えながら読み進めた。

私は、よく地の文を飛ばしていた。だから作者が何を伝えたいのかさっぱり分からないままに、それどころか間違った解釈の仕方をしてしまうことがしばしばあった。
今度こそはしっかり読もうと一文一文を舐めるようにして読み始めたわけだが、これも困ったことに小説だけでは伝えきれないところがあり、特に家の間取りについては非常に苦労した。
「理系」と呼ばれる人たちはこういった手の疑問が生じる小説は苦手としそうだなと考えながら、結局地の文までしっかり読んでいると、主人公たちの動きがゆったりして、まるでテレビをスローモーションで見るかのような不自然さを感じてしまうので、そこそこにして読むことにした。やはりテンポ良く読んだ方がいい。

やたらと長くなってしまったので、後は簡単に書く。
映画は全く違う作品のように思えたが、登場人物の役割をひとつにまとめてしまったり、それで欠けた部分のせいで行動する理由が意味不明なものになってしまってはいたが、話の筋はそう間違いではなかった。
ただ、荒れ地の魔女が本当は城の階段を登らずに、ソフィーが登っている様子を見ているだけだったのが、映画では一緒に汗だくになって登り、謁見の際には電気ショックを喰らって全く恐るるに足らない存在になってしまったのは改悪だった。記憶が間違いでなければ、最後にハウルが闘う相手は荒れ地の魔女だ。なのに、映画では荒れ地の魔女を簡単に追いやってしまい、後は「世の中の戦争」として兵器を町に投入しだす。
「愛と平和」を唱える映画になってしまい、何がなんやら。
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